『ぷよぷよ通』が番組で取り上げられた理由

表向き、松本さんがゲームにはまっていたという理由があって「ダウンタウン ごっつええ感じ」の番組内で取り上げられたのですが「日経トレンディー」1997年11月号P197に

 テレビの活用法はCMだけではない。ゲーム専門店「ドキドキ冒険島」を展開するボックスグループ(埼玉県浦和市)は「昨年末の『ダウンタウンのごっつええ感じ』にパズルゲームの『ぷよぷよ通 決定版』が登場した翌日、このソフトが急に動き出し、一時は完全に品切れ状態になってしまった」(山先博取締役)と証言する。「ライトユーザーの情報源はテレビだけ。ゲームは一般消費財と同じになった。」
 この裏にあるのもSCE特有の仕掛けだ「番組の担当者とうちの宣伝担当者が飲み友達だったりすることが少なくない」(SCE佐伯氏)。音楽ソフト会社のソニー・ミュージックエンタテインメントからきた社員の多い同社ならでは、とも言えそうだ。

と書かれていたことを考えると、(松本さんが本当にはまっていたかどうかは別として)番組で採用された理由は松本さんの意見ではないでしょう。

この番組の放送後

この放送以前から、ラジオ番組はAM10局、FM5局と企業規模から見れば多めの局数で放送していました。テレビCMもそれなりだったのが、この放送の後TVには大量のCMが流されるようになり、ラジオは1997年4月からさらにネット局が増加。
当時のタイムテーブルを纏めた雑誌で調べたところ、クールによって違いますが、AMが22局中17局前後、FMは13局全て自社スポンサーになってます。

ラジオに掛かる費用の計算

放送料

AM神戸(現.ラジオ関西)&ラジオ中国という出力20kWのAMラジオ局の30分あたりの費用が当時30万円弱。ネットしていた局には出力50kWの局もありましたが、大半が出力5kWということに加えてFMの局の金額が不明なので低めに1局15万円と仮定し計算してみると1年間で15万円×30局×52週=2億3400万円。
1997年9月時点で番組を終了させておけばそれだけで7800万円の節約になっていました。(1局平均10万円で計算しても5200万円。)

その他の出費

メインパーソナリティーの北出さんが東京に行くための交通費。

広島⇔羽田の飛行機の往復料金が「駅すぱあと」で調べたところ1995年11月時点の運賃で、39060円(片道21600円)。
飛行機代は回数券などで割引されていたでしょうが、会社から広島空港までや東京都内の交通費、加えて日帰りでない場合は宿泊費も必要になってきますし、他に出張手当もあるはずです。雑誌社周りを兼ねていたとしても、コンパイルの場合1年に発売する本数が10本あるかどうかだったので毎週だったことはないでしょう。(二話録りに関しては、番組内で否定していました。)

スタッフのギャラ&スタジオの使用料(「ラジオコンパイル」の場合)。

テレビ番組より少人数で制作できるようですが、それでも、さとDue一人ということはないでしょう。
収録スタジオは番組内で言っていたかは知りませんが、さとDueのディレクションという点と、電話が故障し電話を使用したコーナーができないということが、別の番組と同じ週に起こっていたことより「フラミンゴ・スタジオ」で間違いないはずです。

他のパーソナリティーの出演料。

全く読めないのですが1997年9月に柳瀬なつみさんが降板し10月から自社声優に変更。
週によって出演者数が違っていますが最大で4名。だとすると、2~3人程度であれば柳瀬さん1人のギャラよりも安く済ませられた?

込み込みで1週あたり10~15万円程度でしょうか?

求心力は?

第1期の時のような暴走トークは無くなり、良くも悪くも一般的でインパクトは弱く、知名度で聞き始める人は大勢いたとしても聞き続ける人が何割いたか。アニラジというジャンルを知るきっかけに過ぎず他の番組に流れた人が多いのではないでしょうか。

コンパイルの売り上げ予想

知名度は高く固定ファンも付いているが、1年間の発売本数が10本あるかどうか。=雑誌の売り上げランキングに載るので、おおよその売り上げを外部の人間でも知ることが出来ます。
家庭用ゲーム以外の売り上げ、およびランキングに載らない作品の売り上げが判らないとはいえ多めに見ても雑誌での見積もりの2倍を考えれば少ないことはないでしょう。

こうして導き出された売り上げですが「ゲーム業界就職読本」に記載されている当時の同業他社と比べると同規模どころか社員数が半分程度の企業と比較しても少なめという売り上げ額でした。

結果(かなり捻くれた見方ですが)

TVで起用された理由を知らなかったとしたら「結果的にソニーに踊らされた」と考えることでき、また知っていた知らなかったどちらの場合でも「社長に意見を言う人がいなかった」と言うことです。

ゲーム会社に限らず、創業者のワンマン社長なんてよくあることですし、それを制御できるかどうかが潰れるかどうかの分岐ではないでしょうか?

一般視点からの伺うことの出来た動向

1997年 9月末
ラジオコンパイル.柳瀬なつみさん降板。

1997年10月
ラジオコンパイル.1週目は北出&さとDueの二人で放送。2週目以降、自社声優がアシスタントに。

1998年 1月末
ラジオコンパイル&田中勝己の電脳玉手箱が事前告知のないままいきなりうち切り。

1998年 2月
第3回ぷよマスターズ延期告知。

1998年3月18日
「コンパイル」和議申請

こんな中での無駄遣い

1997年年末に開催されたイベントの様子が、和議申請直前に発行された「コンパイルクラブ」に載っているのですが、12月14日:NINTENDO64,21日:プレステ,23日:セガサターン(&第二回ぷよ名人戦)と機種ごとにイベントをわざわざ関東(幕張メッセ)で開催しています。無駄遣いの極致としか言いようがありません。
まだ、どちらかのイベントを大阪(関西)での開催にすればそれだけでも交通費の節約になりますし、より多くのユーザーに楽しんでもらうことができます。

それとも社員旅行を兼ねていた?
二組に分けて、
 A班  イベント  旅行
 B班        旅行  イベント
 (一部の社員はさらに17日の「POWER ACTY」記者発表会の手伝い)

と考えれば説明はできますが、この場合でも、
 13日.午前中に広島を出立 → 大阪着、翌日のイベントの準備
 14日.イベント開催
 15日.片付け → 東京に移動し、以後、社員旅行。
というように1回目のイベントを大阪開催に振り当てれば、経費の削減にはなりませんがより多くのユーザーにイベント参加してもらうことが出来たはずです。


P.S.
「週刊ダイアモンド」1997年11月8日号の特集「ベンチャー企業の曲がり角」に、同年7月に倒産した「グラムス」のことも書かれていたのですが
 1本のヒットで事業を拡張し、新たな機材を購入、雇用の増加。
 しかし、新たなヒット作に恵まれず倒産。
と、後の「コンパイル」とうり二つの事が書かれていました。